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広島地方裁判所 平成5年(ワ)483号 判決 1996年2月22日

広島県大竹市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

足立修一

飯岡久美

板根富規

今井光

池上忍

坂本宏一

津村健太郎

山口格之

大澤久志

小田清和

武井康年

小野裕伸

久笠信雄

坂本彰男

田中千秋

中田憲悟

二國則昭

松永克彦

三浦和一

山田延廣

山本一志

我妻正規

笹木和義

東京都中央区<以下省略>

被告

国際証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松下照雄

川戸淳一郎

竹越健二

白石康広

鈴木信一

本杉明義

主文

一  被告は、原告に対し、九九〇万円及びこれに対する平成五年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、三三四〇万〇〇七五円及びこれに対する平成五年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告会社の営業担当者の勧誘により、外貨建てワラントのリスクについて何ら説明を受けずに、外貨建てワラントの売買に引き込まれ、取引を継続させられて、売買代金相当額の損害を受けた、として、不法行為(民法七〇九条、七一五条)に基づく損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、有価証券の委託売買・自己売買、株式や社公債の引受け・募集・売出し等の業務を行っている会社である。

2  原告は、昭和六〇年九月、被告との間で、保護預り口座を開設し、投資信託の売買を行っていた。平成二年二月に、株式の現物取引を始めた。

3  被告会社の従業員B(以下「B」という)は、平成二年二月、原告に株取引を勧誘したころから、原告を担当するようになった。

4  原告は、平成二年六月一三日、Bの勧誘に応じて、被告から、住友不動産外貨建てワラント五〇ワラント(「以下「本件住友不動産ワラント」という)を代金四八三万七五〇〇円で購入し、そのころ代金を支払った(以下「本件住友不動産ワラント取引」という)。

原告は、被告との間で、別紙1記載のとおり、各外貨建てワラント(以下「本件ワラント」という)を購入し、その代金を支払った(以下「本件ワラント取引」という)。

本件ワラントの権利行使期間は、別紙1記載のとおりである。

二  争点

1  本件ワラント取引の経緯(Bの原告に対する本件ワラント取引における勧誘及びワラントについての説明態様)

2  本件ワラント取引の違法性

3  原告の損害額(過失相殺を含む)

三  原告の主張

(本件ワラント取引の経緯について)

1 原告は、被告との間で、従来、投資信託の取引しか行っていなかった。

原告は、Bに勧められて、平成二年二月から株式現物取引を開始し、Bの指示に従って売買し、利益を収めた。Bは、原告に対し、電話で、株取引の勧誘・売付け指示を行っていた。

2 Bは、原告に対し、平成二年六月一三日ころ、電話で、「ワラントを投げ売りしている馬鹿がいるので、今が儲けるチャンスです。一週間から一か月位待てば必ず値上がりします」と確言して、本件住友不動産ワラントの購入を勧誘した。電話の時間は、ほんの数分程度であった。Bは、ワラントについて、「株を三回やってプラスになるよりワラントの方が勝負が早いし、利も大きい」と述べたのみである。原告は、ワラントを株と同じようなものと考え、Bの勧める本件住友不動産ワラントの購入に同意した。

原告は、本件住友不動産ワラント取引に先立ち、Bから、「ワラント取引のあらまし」(乙三)「外国新株引受権証券(外貨建てワラント)取引説明書」(乙四)の交付を受けていない。原告が、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五)「外国証券取引口座設定約諾書」(乙六)に署名・押印したのは、本件住友不動産ワラント取引をした平成二年六月一三日より後のことである。原告は、右確認書及び約諾書の交付及び徴求に際し、被告従業員からワラントについて何の説明も聞いていない。

3 Bは、本件住友不動産ワラント取引以後、原告に対し、専ら電話一本で次々に特定のワラント取引を勧誘し、売却の指示をした。Bは、勧誘する銘柄について、売却するまでの保有期間を一か月位と指定し、儲かる見込みなどの利点ばかりを強調し、ワラントの内容及びリスクについて何ら説明しなかった。

原告は、Bの指示に従った株式売買で利益を得ていたこともあって、Bを信頼し、本件ワラント取引に応じた。

Bは、本件ワラント取引において、原告に多額の損失が発生することが確実になるとまったく電話してこなくなった。平成三年秋ころ、原告から助言を求められると、大幅に下落したワラントをほかの銘柄に乗り換えるという危険な方法を指示するのみで、保有ワラントの数を減らしたり、ワラント取引を中止したりするなどの原告の損害拡大防止のための助言をしなかった。

(本件ワラント取引の違法性について)

1 ワラント取引の危険性

ワラント取引には、次のような危険性がある。

(一) ハイリスク・ハイリターン(価格変動の大きさ)

ワラントの価格は、株価に連動して決まるが、株価の変動率の何倍もの変動を生じる(ギヤリング効果)から、ワラントは、ハイリターンであると同時にハイリスクをともなう商品である。

(二) 権利行使期間の存在

ワラントには、権利行使期間が予め定められている。株価がワラントの権利行使価格を上回らず(この場合には、ワラントを行使するメリットがない)、権利行使期間を経過した場合には、ワラントを行使して新株を購入する機会がないまま、権利が失効消滅する。また、株価が権利行使価格を下回るとワラントの実質的価値がなく、売却が困難となり(あるいは、権利行使期間のうち最後の一定期間は残存期間が短いため取り引きされないことがある)、権利行使期間内に転売できない場合には、ワラント取引に投資した金額の全額を失うことになる。

このように、権利行使期間を過ぎるとワラントは無価値となり、投資金額の全額を失う危険性がある。

しかも、外貨建てワラントは一〇枚から五〇枚を一売買単位として取り引きされており、個人投資家としては取引高も高額になる(証券会社の利ざやは大きい)。

(三) 価格決定・流通過程の不明朗さ

ワラントの取引価格は、ワラントの理論価値であるパリティ(現在の株価と権利行使価格の差額に一ワラントあたりの引受株式数を乗じた額)に将来の株価上昇の期待値であるプレミアムを加えたものになる。外貨建てワラントの場合は、株価のほか売買時の為替レートによる円換算が必要になる。ワラントの取引価格は、価格構造が複雑で理解しにくい。

そして、外貨建てワラントは、国内の証券取引所には上場されておらず、国内の証券会社と店頭で相対取引される(証券会社が、手持ちないし他から調達したワラントを客に売り、自ら買主となって顧客のワラントを買う)ため、価格形成過程は極めて不透明である。

しかも、外貨建てワラントの取引価格は、ユーロドル・ワラントの気配値が、平成元年五月一日から、特定銘柄に限って、日本証券業協会によって発表され、平成二年九月二五日から、日本相互証券で行われる外貨建てワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が、日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになったのみであり、株価のように一般紙に掲載されず、価格情報に欠陥がある。一般投資家のワラントの価格に対する理解・判断が困難であり、ワラント取引の危険性を増幅させている。

また、外貨建てワラントは、原証券自体はユーロ債権集中振替決済機構に保管され、顧客には証券会社発行の預かり証が交付されるだけである。この預かり証には銘柄等の記載があるのみで、当該証券の権利内容がほとんど明記されていない(パリティの計算も不可能であり、権利行使期間があることも知りえない)。金融証券としての明確性に欠ける。この点でも投資家に対し情報が十分に与えられていない。

こうした外貨建てワラントは、買入れ先の証券会社に引き取ってもらうしか投下資本の回収の道はない。

2 適合性の原則違反

(一) 証券取引は、その性質上、ある程度の投資の危険をともなうものであり、投資家が自由な判断と責任において行った証券取引の結果については投資家自身が引き受けるべきものである(いわゆる自己責任の原則)。これは、証券取引にともなうリスクの範囲を判断しうる地位にある投資家が、その判断に基づいて行った取引の責任を負担する、ということである。その前提として、投資家に十分な質と量の情報が与えられること、及び投資家が適切な情報が与えられさえすれば自ら投資判断をなしうる者であることが必要である。

(二) 証券会社は、顧客を勧誘して証券取引を行わせるにあたって、顧客の属性、資産状態、資金の性格、投資の目的や趣旨、投資経験の有無や内容等に照らし、顧客に最も適合した取引への投資勧誘のみをなすべき義務を負う(適合性の原則)。

外貨建てワラントに関しては、前記問題点に照らし、一般投資家が適合性を持たないことは明白である。一般投資家にワラント取引を勧誘すべきではない。

仮に、一般投資家にワラント取引を勧め得るとしても、次のとおり、株取引とは異なる厳格な取引開始基準によるべきである。

① ワラント取引のメリット・デメリットを理解し、リスクヘッジを行うことのできる判断能力と資金力があること

② ワラントの適正価格が判断できる能力があること

③ 取引の最適なタイミングを見極められること(価格情報開示の状況を理解し、価格情報を入手できる能力があること)

④ 権利行使に必要な資金調達能力があること

⑤ 投資全額損失の覚悟とこれに耐えられる資金力のあること

(三) 原告のワラント取引適合性

原告は一般個人投資家である。しかも、原告は、本件ワラント取引当時、既に六二歳の高齢者であった。被告との過去の取引経験も、投資信託の売買が主体で、株式投資は、ワラント取引の数か月前からBの勧誘で始めたばかりであった。原告の株式売買は、Bの指示する銘柄をBの指示どおりの時期に売買したもので、Bの勧誘指示を盲目的に信頼して行われた。このような原告の取引経験、知識の欠如、及び受動的な投資態度からみて、本人に投資判断ができたとは到底いえない。

被告会社及び被告担当者Bは、ワラント取引開始基準として、①資産収入があること②高齢者でないこと③投資判断ができることの三点を掲げているが、実際には原告の属性を具体的に調査・検討することなく、ワラント取引を勧誘したものであって、適合性の原則に違反する違法な勧誘行為である。

3 説明義務違反

(一) 投資家が証券取引につき自己責任を負う前提として、投資家に十分な質と量の情報が与えられることが不可欠である。ワラントは、周知性もなく、商品構造・取引形態が複雑で、リスクが非常に高い商品であり、その投資に関与するためには高度の専門的知識が必要である。他方、証券会社は、証券取引について、その人的・物的基盤、知識・経験・情報・ノウハウ等の蓄積において、一般投資家に対して、絶対的な優越した地位にあり、一般投資家は証券会社の勧誘及び情報を頼りにこれを信頼して取り引きしている。したがって、証券会社は、信義則上、顧客が自らの判断で取り引きできるように、当該商品の仕組み・性質・危険性に関する情報を正確に提供する義務(説明義務及び投資家の判断を誤らせるような情報を提供しない義務)を負う。

(二) 被告会社は、信義則上、ワラント取引に際し、顧客に対し、所定の説明書を交付するとともに、ワラント証券等の取引の内容・ワラント証券取引等にともなう危険性について十分に説明し、顧客の判断と責任において当該取引を行うものであることの確認書を徴求すべきである。

説明義務の内容は、ワラント商品の構造、ワラント取引の仕組み、ワラントの価格情報、ワラントの危険性の程度及び内容等全般に及ぶ必要がある。すなわち、次の点を説明すべきである。

① ワラントが、一定期間内に、一定価格で、一定株数の新株を購入できる権利を有する証券であること

② 外貨建てワラントの権利行使価格と権利行使による取得株式数、権利行使期間

③ 外貨建てワラントは、価格変動が激しく、紙屑になることすらあり得るリスクの高い商品であること

④ 外貨建てワラントが非上場商品であり外国証券であること、特定銘柄の業者間の前日気配値が一部専門紙にポイントにて発表されているに過ぎないこと、購入時期によっては気配値すらなく証券会社以外からは情報が一切得られないことなどの価格に関する情報についての説明

⑤ 購入、売却ともに証券会社との相対取引になること

ワラントが、権利行使期間内に株価が権利行使価格を上回っていないと無価値になり投資全額を失うという極めて危険性の高い商品であることからすれば、右説明義務の履行は厳格に実行されなければならない。

(三) 原告に対する説明義務・確認義務の履行について

(1) 原告は、本件住友不動産ワラント取引が最初のワラント取引であった。

原告のような投資経験、知識も十分でない者に対し、ワラントのような複雑難解な商品の取引を勧誘する場合には、直接面談し、時間をかけて、説明書等の資料を示したり、引用したり等して説明し、十分な理解を得られてから、取引を開始すべきである。電話のみで、短時間の内に、一方的に説明しても、原告がワラントについて理解できたはずがなく、何ら説明したことにはならない。

Bは、ワラントについて、電話で、「株を三回やってプラスになるよりワラントの方が勝負が早いし、利も大きい」と利点を強調するのみで、詳しい商品説明及びワラントのリスクの説明をしていない。原告は、ワラントを株と同じようなものと考え、Bの勧めたとおりのワラントの購入に同意した。

原告が「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名・押印したのは、原告が本件ワラント取引を開始した後のことである。また、原告は、被告従業員から、右書類を機械的に交付され、署名・押印したにすぎず、その際、Bら被告従業員からワラントについての説明を受けていない。

(2) Bは、本件住友不動産ワラント取引以後のワラント取引においても、電話一本で次々と特定のワラントの売買を勧誘し、売却を指示するだけで、原告にワラントについて説明し、ワラントの内容及びリスクを理解させる努力をしていない。Bは、原告の商品知識及び判断力の不足を承知しながら、原告の自己に対する盲目的信頼及び自主的判断の欠如に乗じて、原告を本件ワラント取引に引き込み、これを継続させた。Bは、ワラントの価格が下落しても、保有ワラントの数を減らしたり、ワラント取引を中止したりする等原告の損害拡大を防止するための助言をまったく行わず、乗換えという危険な取引を勧誘指示しただけであった。

(損害額について)

1 原告は、本件ワラントを購入するため、合計三七一一万〇三四二円を出捐した。

その後、別紙1のとおり本件ワラントを売却して、合計六七四万二二六七円を得た。

被告がワラントの説明を十分にしていれば、原告は本件ワラントを購入しなかったはずであるから、右出捐合計額から売却合計額を損益相殺した三〇三六万八〇七五円が損害となる。

2 被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、損害額の約一割に相当する三〇三万二〇〇〇円である。

3 したがって、損害額は合計三三四〇万〇〇七五円である。

四  被告の主張

(本件ワラント取引の経緯について)

1 原告は、昭和五一年九月八日、被告会社の前身である野村證券投資信託販売株式会社と証券取引を開始した。昭和六〇年九月二五日、被告広島支店に新たな取引口座を設定して、証券取引を開始した。以後、別紙2のとおり、着実に投資成果を収めてきた。

2 Bは、原告に対し、平成二年六月一三日、株式相場が同年初頭から二〇パーセント近く暴落したが、同年四月から反騰していること、株式は反騰しても平成元年末の最高値まで戻すことは難しいかもしれないが、ワラントはその価格が株式の半額位まで下落していてかなりのリターンが期待できることを説明して、本件住友不動産ワラントの買付けを勧誘した。

その際、Bは、原告に対し、ワラント一般について、ワラントとは新株引受権付社債(ワラント債)から切り離された新株引受権(ワラント)という権利であること、ワラントは一定期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で新株を買い付ける権利であること、ワラントの権利を行使して新株を買い付けるには二〇〇〇万円以上の資金が必要であること、ワラントは行使する期間が限られているから行使期間の経過によってワラントの価値は消滅すること、ワラントの価格はポイントというワラントの券面額に対する百分率で示されること、その価格を日本円に換算するには、ワラントの数量に額面五〇〇〇ドルを掛け、ポイントを掛け、実勢為替を掛けること、ワラントの価格はその銘柄の株価に連動するが、その値動きの幅は株価より大きくなる傾向のあること(ハイリスク・ハイリターン)、外貨建てワラントではワラントの価格は為替変動の影響を微妙に受けること、ワラント価格は日経新聞に掲載されていること、ワラント取引は相対取引であることを説明した。

Bは、本件住友不動産ワラントについては、行使期間が平成五年一二月であること(行使期間まで三年六か月の余裕があった)、その価格は平成元年一二月に三六ポイント位であったのが一二ポイント前後まで下落していること、住友不動産株式会社は業績が好調であり、株価の上昇が期待できることを説明した。

原告は、Bの説明を聞いて、本件住友不動産ワラントの買付けを決定した。

Bは、原告に対し、外貨建てワラントの取引をするためには外国証券の取引口座を開設する必要があること、ワラントに関するパンフレットを交付しているのでよく読んでほしいことを告げた。平成二年六月一四日、被告広島支店受渡し係西角が原告宅を訪問し、原告に対し、被告作成のパンフレット「ワラント取引のあらまし」(乙三)及び日本証券業協会作成の説明書(乙四)を交付した。原告は、外国証券取引口座設定約諾書(乙六)及び自己の判断と責任によりワラント取引を行う旨のワラント取引確認書(乙五)に署名・押印した。

被告は、原告に対し、本件住友不動産ワラントの買付け約定の取引報告書(乙九)を送付した。その際、被告は、原告に対し、「ワラント取引のご案内」(乙一〇)も同封して送付した。

3 原告は、Bの勧誘に応じて、別紙2のとおり本件ワラントを買い付けた。

原告は、本件住友不動産ワラント、日産自動車ワラント、伊藤忠商事ワラント及び日本信販ワラントの価格が下落したことを知悉したうえで、各ワラントを買い増しした。

平成三年六月及び七月には、本件住友不動産ワラント、日産自動車ワラント、伊藤忠商事ワラント及び日本油脂ワラントの権利行使期間が迫ってきたことから、価格が下落しており売却すれば損が出ることを承知で売却し、権利行使期間までの期間が長かったキューピーワラント、日本通運ワラント及び大同特殊鋼ワラントを買い付けた。

(本件ワラント取引の違法性について)

1 適合性の原則違反

原告は、被告との間で、一〇年以上にわたり投資信託、外国債券及び外貨建て投資信託等の取引を行い、被告以外の証券会社とも証券取引を行っており、証券取引の知識及び経験の豊富な投資家であった。原告は、平成二年初頭には株価が暴落していたこと、自己の保有証券の価格が下落していたこと、平成二年八月には湾岸紛争の勃発によって株価が急落したことなどを知悉しており、経済情勢に明るい投資家であった。

原告は、株式投資を積極的に行っており、変動商品に興味を示していた。

原告は、十分な資産を有していた。

したがって、原告は、自ら適格な投資判断をすることができ、資金力もある投資家であって、ワラント取引について十分に適合性を有する。

2 説明義務違反

(一) 被告会社の従業員Bは、原告に対し、平成二年六月一三日、電話でワラント購入を勧誘した際、ワラントの権利の内容、ワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であること、権利行使期間の経過によりワラントの価値が消滅すること、為替変動の影響を受けることなどの特質を株式の信用取引の例を引き具体的な数字を示して分かりやすく説明した。

Bは、原告に対し、本件住友不動産ワラントについて、権利行使期間や価格変動の傾向について説明した。

原告は、ワラントの特質を理解し、保有ワラントの価格を知悉して、本件ワラント取引を行った。

(二) 被告は、住友不動産ワラント、日産自動車ワラント、伊藤忠商事ワラント及び日本信販ワラントを買い増しするに際し、価格が下落していることを説明した。住友不動産ワラント及び日産自動車ワラントの購入に際しては、買い増しすることによって平均単価を下げることができることを説明した。また、住友不動産ワラント、日産自動車ワラント、伊藤忠商事ワラント及び日本油脂ワラントの権利行使期間が迫ってきたことから、権利行使期間までの期間が長かったキューピーワラント、日本通運ワラント及び大同特殊鋼ワラントに乗り換えることが有利であることを説明した。

(三) 原告は、原告請求にかかる別紙1記載のワラント(別紙2記載の★印のワラントに同じ)の外に、別紙2記載の☆印のワラント取引を行い、利益を上げている。

(四) Bは、説明義務を尽くしており、被告に違法な勧誘行為はない。

第三当裁判所の認定した事実

一  本件ワラント取引の経過について

本件証拠(甲三八、乙一ないし五五、証人Bの証言の一部、原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告(昭和三年○月○日生)は、眼科の開業医である。原告は、昭和五一年九月八日、野村證券投資信託販売株式会社に保護預り口座を設定して、証券取引を始めた。専ら投資信託の取引を行っていた。右口座は、被告会社の証券投資課に引き継がれた。

2  原告は、昭和六〇年九月二五日、被告に新たな保護預り口座を開設した。別紙2のとおりの投資信託取引をした。右取引は、用意した七〇〇万円の資金で投資信託を購入し、途中で別の投資信託に買い替えたほか、昭和六三年一月に五〇〇万円で新発の投資信託を購入した、というものである。平成二年二月までに合計八回の売り買いをしている。

3  原告の妻Cも、被告会社と取り引きしていた。Cの取引は、株式を中心とする取引であった。被告広島支店の営業課長Bが、Cの取引を担当していた。Bは、原告と面識ができた。

4  平成二年二月ころ、Bは、C宅を訪問した。原告は、Bに対し、株の景気を尋ねた。Bは、原告に対し、株価は下がっているが、そろそろ上がりそうだ、と株取引を勧めた。原告は、株取引に興味を示した。

平成二年二月六日、Bは、原告に対し、電話で、東芝ケミカルの株式の購入を勧誘した。原告は、Bの勧めに従い、東芝ケミカルの株式を四五四万六八六五円で購入した。右東芝ケミカルの株式は、平成二年六月一三日、四三五万八一〇一円で売却した。一八万八七六四円の損が出たが、二〇〇株の無償増資があったため、東芝ケミカルの株取引全体としては、利益が出た。

5  原告は、東芝ケミカルの株式を購入後、別紙2記載のとおり(ただし、取引時期は受渡日で掲載されている)の株式取引を行った。

すなわち、平成二年四月一六日、マルキョウの公募株式を八一一万円で購入した。更に、同年四月二七日、マルキョウの株式を八九三万一二四一円で購入した。五月一七日、前者を九八七万七九五七円で売却し、一七六万七九五七円の利益を得た。同年六月六日、後者を九七六万五四三〇円で売却し、八三万四一八九円の利益を得た。同日、セガの株式を一六二二万一一〇二円で購入した。同月二六日、セガの株式を一七三一万九七〇一円で売却し、一〇九万八五九九円の利益を得た。

右取引は、いずれも、Bが原告に対して電話で勧誘し、原告はBの勧めるままに取り引きした結果である。

6  平成二年六月一三日、Bは、原告に対し、電話で、本件住友不動産ワラントの購入を勧誘した。

Bは、ワラントとは新株引受権である旨説明したが、原告は、新株引受権がどのような権利かを理解することができず、株と同じようなものと考えた。Bは、株式相場が低迷していてワラントを安値で投げ売りする人がいるので、それを購入すれば儲かる、ワラントは株式より値動きが激しいので早くしかも多くの儲けが期待できる、一か月で利益が得られる等ワラント取引が短期間で多くの利益が得られることを強調した。そのほか、ワラントの価格がポイントで表示され、日経新聞に表示されていることも説明した。しかし、ワラントは、値下がりするときも株価より値下がりの幅が大きいことや、ワラントには、権利行使期間があり、これを経過すると無価値になることについては、説明しなかった。

原告は、Bの指示どおり株取引をして利益が上がっていたことから、Bの勧めるまま、直ちに、本件住友不動産ワラントを四八三万七五〇〇円で購入することを承諾した。右取引の資金は、前記認定の東芝ケミカルの株式売却により用意された。

Bの電話で勧誘した時間は、数分程度であった。

なお、証人Bは、ワラント取引が新株引受権の売買であり、株価が下がればワラントの値段も下がる、権利行使期間があり、その期間を経過すると無価値になる点についても詳細な説明をし、原告の理解を得た旨の証言をする。しかし、原告本人尋問の結果に照らせば、電話のみの勧誘で、証人Bが証言するような詳細な説明ができ、原告がワラントの内容や取引の仕組み全部を理解できた、との心証は得られないのであり、原告本人の供述するようにワラント取引が短期間で株より大きな利益が得られることを強調する説明であった、と認められる。また、証人Bは、ワラントを勧めた電話は四〇分ないし四五分位話していた旨証言するが、原告の診療時間外に電話した等の特段の事情は認められないのであり、右証言もにわかに信用できない。

7  平成二年六月一四日、被告会社の社外受渡係が、原告宅を訪問し、「外国取引口座設定約諾書」(乙六)及び「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五)(右確認書には、私は、貴社から受領した「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において国内新株引受権証券の取引及び外国新株引受権証券の取引を行います旨の印刷文字がある)に原告の署名・押印をもらって帰った。右受渡係がワラントについて説明することはなかった。

なお、証人Bは、「ワラント取引のあらまし」と題するパンフレット(乙三)及び外国新株引受権証券取引説明書(乙四)を渡した旨証言するが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、原告本人尋問の結果に照らせば、右証言の事実について心証は得られない。

8  その後も、原告は、Bの指示に従って、別紙2記載のとおりワラント取引及び株取引を続けた。

すなわち、平成二年六月二七日、日本鉱業のワラントを一四六八万二二五〇円で購入した。同年七月一二日、日本鉱業のワラントを一五四二万〇八八八円で売却し、同日、三菱石油のワラントを一七四八万四〇〇〇円で購入した。同年八月八日、三菱石油のワラントを一七四一万九〇七〇円で売却し、八月中に六銘柄のワラントを購入した。右購入資金は、合計二六〇〇万円を越えた。同年九月、一〇月にも、ワラントの売却・購入を続けた。一〇月には、手持ちの住友不動産及び日産自動車のワラントが値下がりしていたので、Bの指示で買い増しをした(いわゆるナンピン)。一〇月には、株の取引もした。一一月にも、ワラントの売り買いをした。ところが、ワラントの値下がりが続き、その後、Bからの指示がなくなった。平成三年二月二八日、Bの指示で日本信販のワラントを売却しただけで、ワラントの取引はなくなった。

平成三年六月、心配になった原告が、Bに連絡をとると、手持ちのワラントの売却を指示され(いずれも損失が生じた)、権利行使期間の長いワラントに買い替えた。平成三年一二月には、Bが転勤した。

結局、原告は、ワラント取引により、別紙3のとおり、合計九八三〇万九三四一円の売買代金を支出し、合計六九九六万九〇三五円の売却代金を得たから、その差額二八三四万〇三〇六円の損失を被ったことになる(原告が売却できずに所持するワラントの価値はゼロである)。

9  被告は、原告とのワラント取引が成立後、原告に対し、取引報告書や計算書を送付していた(右書面には、権利行使期限との欄があるが、原告に対してとくに口頭の説明はなかった。証人Bは、同時に「『ワラント取引』のご案内」と題するパンフレット(乙一〇)を同封していた旨証言するが、これを客観的に裏付ける証拠はない。仮に、右書面(右書面には、権利行使をせず行使期間終了となれば価値がなくなるとか、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあるとかの記載がある)が原告に送付されていた、としても、原告に口頭による説明がされたわけではないから、右書面の送付により、原告がワラントのハイリスクや権利行使期間を理解した、と認めることもできない)。また、ワラント取引成立後には、原告に対し、預り証が交付されていた。右預り証には、権利行使期日の記載があり、裏面には、ワラント取引の注意点として、①ワラント証券は、権利行使期限が到来したときに、その価値を失うという期限付きの商品です、②ワラント証券の価格は、理論上株価に連動しますが、株式に比べ大きく変動します、③外国ワラント証券のお取引にあたっては、外国為替の影響も考慮する必要があります、との記載がある。

被告広島支店は、平成二年一一月ころ、ワラント取引の顧客に対し、面談意思確認をしているが、原告に対して意思確認ができたかは不明である(乙五一のワラント取引の明細確認の裏面は、原告ではなく、原告の妻の署名と認められるから、原告本人尋問の結果に照し、原告本人に直接意思確認がされたか否かは不明である)。更に、被告は、原告に対し、平成三年一月から、毎月、「新株引受権証券(ワラント証券)時価評価のお知らせ」と題する書面を送付し、ワラントの時価評価額及び評価損益を通知している。これによると、原告の保有するワラントは、すべて評価損が出ている。

二  ワラントについて

本件証拠(甲一ないし三〇、三三ないし三五、三七、四〇、四一の一、二、四二ないし四四、四六ないし四八、五二ないし五四、五六)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  ワラントとは、昭和五六年の商法改正によって発行を認められた新株引受権付社債(別名ワラント債という。新株引受権(ワラント)部分と社債部分とからなる)のうち新株引受権のみを分離した証券である。発行会社の新株を、ワラント発行時に予め決められた一定の期間(権利行使期間、通常は新株引受権付社債の発行後数年間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定量(社債額面(ただし、外貨建ての場合、ワラント発行条件決定時の為替レートで換算したもの)÷権利行使価格)購入することのできる権利を表章している。

ワラントは、株価がワラントの権利行使価格を上回る場合であれば、投資者に新株引受権を行使して割安なコストで新株を取得する機会を与えることになるが、株価がワラントの権利行使価格を下回る場合は、新株引受権を行使するメリットがなくなる(権利行使価格より安い値段で株が取得できるから)。したがって、株価がワラントの権利行使価格を上回らないまま権利行使期間を経過した場合、ワラントの新株引受権は行使されず、その権利は消滅し、ワラントは無価値となる。

ワラントの価格は、ワラントの理論価格(パリティ)である「(株価-権利行使価格)×当該ワラントが引き受けることのできる新株の数」として計算された価格に、株価上昇期待値(プレミアム)が加算されたものになる。ワラントの価格は、市場の株価の上下にともなって上下し、株価が権利行使価格を上回ればワラント証券の価格も上昇し、株価が権利行使価格を下回ればワラント証券の価格も下落する関係にある。ワラント価格の変動の率は、株価より大きい。

2  我が国では、昭和六〇年一一月一日、社債と分離したワラントの発行が解禁され、昭和六一年一月一日、外貨建てワラント債の分離ワラントを国内に持ち込むことが解禁された。

日本企業がユーロ・ドル市場において起債して、専ら同市場において取り引きされていたワラントが、国内の証券会社の店頭・相対取引の対象となるようになった。

昭和六三年ころから、機関投資家を中心としてワラント取引が行われるようになり、平成元年ころから、個人投資家にもワラント取引が拡大していった。

ユーロドル・ワラントの気配値は、平成元年五月一日から、特定銘柄に限り、日本証券業協会によって発表された。平成二年九月二五日から、日本相互証券で行われる外貨建てワラントの業者間取引の気配値一覧(前日取引分中値)が日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになったが、株価のように一般紙には掲載されていない。

3  ワラントの特質(危険性)

以上のような性質をもつワラントには、次の特質(危険性)がある。

① ワラントの価格は、株価に連動して値動きするが、株価以上にその変動率が大きく(ギヤリング効果)、その売買はハイリターンであるとともにハイリスクである。

② 権利行使期間が定まっているため、その期間を経過すると、ワラントを行使することも売却することも不可能になり、投資金額全額を失う危険性がある。

③ 価格決定過程が複雑であり、店頭における相対取引であるため、外貨建てワラントの取引価格の公開性がない。一般投資家は、日本経済新聞等の専門紙に掲載されるようになるまで、証券会社に問い合せるしか、ワラントの取引価格を知り得なかった。

4  日本証券業協会は、平成元年四月一九日の理事会決議で、外貨建てワラントについて、証券会社から顧客に対してワラントに関する説明書を交付すること、顧客の判断と責任において取引を行う旨の「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴求することを定めた。平成二年三月一六日、「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則九号)の一部を改正し、証券会社が新株引受権証券取引にかかる契約を締結しようとするときは、日本証券業協会が作成する説明書を顧客に交付し、かつ顧客から確認書を徴求することが定められた。

第四当裁判所の判断

前項認定の事実関係を前提に、被告会社の不法行為責任について、判断する。

一  適合性の原則違反について

1  有価証券取引のもつ危険性、証券会社と一般投資家との専門知識の違い、とくに一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態に照らせば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の意向、投資経験及び資力等を考慮し、顧客に最も適した投資が行われるよう配慮すべき義務(適合性の原則)がある、と解すべきである。

2  これを本件についてみるに

(一) ワラントの発行・取引自体は法律上禁止されておらず、ハイリスクはあるが、他方ハイリターンの期待もあるのであり、外貨建てワラント自体の内在的欠陥は認められないから、外貨建てワラントであっても、適切な説明がされたうえ、投資者の意向・経験・資産に応じた取引をすることは可能である、と認められる。

したがって、外貨建てワラントの取引が一般的に許されない、と解することはできない。

(二) 原告は、ワラント取引を始めた当時六二歳であったが、眼科の開業医として働いており、一〇年以上の投資信託の取引経験があり、平成二年二月六日からは株取引も始めているのであるから、ワラントについても、その内容及びリスクの適切な説明を受ければ、これを理解し、判断する能力は十分にあったものと推認できる。また、前記認定の有価証券取引の態様からすれば、相応の資金力も有していたものと認められる。

原告に対する本件ワラントの勧誘が適合性の原則に違反する、と認めることはできない。

3  したがって、本件ワラント取引が適合性の原則に違反する違法な取引である旨の原告の主張は、失当である。

二  説明義務違反について

1  有価証券取引のもつ危険性と専門性、証券会社と一般投資家との有価証券に対する専門知識の違い、とくに一般投資家の投資判断は専門家である証券会社ないしその従業員の勧誘・助言によるところが大きいとの実態、更に証券取引法・省令・通達・財団法人日本証券業協会規則といった法令等の規定を総合すれば、証券会社及びその従業員は、信義則上、投資勧誘の際には、投資者の職業、年齢、投資目的、投資経験及び資力等を考慮したうえ、投資者に対し、勧誘する商品の有利性のみならず、その危険性についても投資者が理解できるように説明する義務(説明義務)がある、と解すべきである。

2  これを本件についてみるに

(一) 原告は、眼科の開業医であって、昭和五一年に証券取引を始めたが、専ら投資信託取引を行うのみであり、株取引は、平成二年二月に開始したばかりで、その株取引の実態は、担当者Bの指示するままに売買したものであって、自ら株取引の危険を予測・判断して行ったものではない。

原告が株取引ないし有価証券取引に精通していた、とは到底いえない。

(二) ワラント取引には、ハイリターンの可能性があるとともにハイリスクの危険性もあるほか、権利行使期間があり、新株引受権を行使しないまま期間を経過すると、無価値になる危険性があった。そして、ワラント取引は、一般投資家にも広まりつつあったものの、平成二年当時、ワラントの商品内容及び価格に関する情報は、周知性・一般性に欠けていた。

(三) ところが、被告会社従業員Bは、原告に対し、ワラント取引が短期間で多くの利益が得られること(ハイリターン)を強調して勧誘し、ワラントのハイリスク(値動きが激しく、短期間で利益が大きいことは、逆に短期間で損失も大きい可能性が考えられるが、原告の前記認定の有価証券取引、とくに株取引の経験・態様に照らせば、ハイリターンの説明があれば当然にハイリスクも予測すべきである、とするのは相当でない)や権利行使期間の経過によりワラントが無価値になること(原告は、短期間での儲けを期待していたもので、新株引受権の行使は念頭になかった(というよりも、新株引受権については理解していなかったのが実態と認められる)のであるが、原告の取引経験に照らせば、ワラントが権利行使期間を経過すれば無価値になる旨の説明を受けてもなおワラント取引を行った否か疑問であり、右の点について説明があれば、ワラント取引に慎重になり、ワラント取引をしなかった可能性は否定できない)を説明しなかった、と認められるから、Bの本件ワラント取引の勧誘には説明義務を尽くしてない過失があり、被告会社は、使用人Bの業務執行につき原告に加えた損害を賠償する責任がある、と認めるのが相当である。

3  被告は、Bがワラント取引のハイリスクや権利行使期間後にワラントが無価値になるおそれを十分説明した旨主張し、証人Bは、右主張にそう証言をしているが、数分程度の電話による会話で右の点について説明があった、と認められないことは前記説示のとおりである(仮に、Bの説明で右の点に触れていた、としても、原告のもつ有価証券取引の経験及び知識に照らし、簡単な口頭の説明で原告がワラント取引の危険性を理解した、と認めることは到底できない)。「ワラント取引のあらまし」とのパンフレットや外国新株引受権証券取引説明書の交付が認められないことも、前記説示のとおりであるが、仮にこれが事後に交付されても、その際口頭による説明があった、とは認められないのであり、右書面の交付により説明義務が履行された、と認めることはできない。また、ワラントの預り証の裏面には、ワラント取引の危険性が指摘されているが(更に、取引報告書に「ワラント取引のご案内」が同封されていた、としても)、事後的な右書面の交付をもって、説明業務の履行がされた、とすることもできない。被告がワラントの顧客に対する面談意思確認をしていること(原告に対して意思確認ができたかは不明であるが)や平成三年一月から「新株引受権証券(ワラント証券)時価評価のお知らせ」と題する書面を送付したことをもって、説明義務の履行がされた、と認めることもできない。原告は、平成二年一〇月にはいわゆるナンピン取引を行い、平成三年六月には権利行使期間の長いワラントに買い替えているが、いずれもBの指示に従ったものと認められるから、これをもって、原告に対する説明義務が尽くされていたことを推認することもできない。

前記2の認定・説示を妨げるに足りる主張・立証はない。

4  したがって、被告は、Bの説明義務違反により原告に加えた損害を賠償する責任がある。

三  損害額について

1  原告は、ワラント取引の危険性の説明を受けていれば、ワラント取引をしなかった、と認められるから、別紙3の原告の出捐した本件ワラントを含むワラント買付け代金合計九八三〇万九三四一円からワラント売付け代金六九九六万九〇三五円を控除した残二八三四万〇三〇六円が、Bの説明義務違反行為により生じた損害と認められる(ワラントの説明義務違反によりワラント取引が始まったのであるから、ワラント取引全体によって生じた損失が右義務違反による損害と認めるべきである。(利益を生じたワラント取引を排除するのは公平ではない)。原告は、平成二年一〇月ころ、遅くとも平成三年になってからは、ワラントのハイリスクを認識ないし認識し得る状況のもとに、ワラント取引をした、と推認できるが、右取引はBの説明義務違反により生じたワラント取引の損失を回復するために行われた取引と認められるから、平成二年一〇月以降の取引による結果もBの説明義務違反と相当因果関係がある、と認めるべきである)。

2  ところで、前記認定の事実関係によれば、原告は、開業医であり、投資信託取引の経験があり、株取引も短期間ながら経験していたのであるから、有価証券取引の一般的な危険性については認識しており、ワラントの内容及びその取引の仕組みについても理解する能力があった、と認められる。しかるに、Bのワラント取引の利益を強調する説明をそのまま信じて、ワラントの内容を十分理解しないままワラント取引を始め、約六カ月間に三〇〇〇万円近い資金を注ぎ込み、Bから指示されるまま、多数回のワラント取引を継続しており、その間、少なくともワラント取引の危険性を告知するワラントの預り証を受け取りながら、ワラント取引の危険性を認識し、その損害の発生・拡大を防止しなかった、と認められるから、ワラント取引により前記損害が生じたことに関し、原告にも相当の過失があった、と認められる。

したがって、原告の右過失を斟酌し、右認定の損害額の三割強に相当する九〇〇万円が損害賠償の額と定める。

3  被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、九〇万円と認める。

五  まとめ

原告は、被告に対し使用者責任による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金合計九九〇万円及びこれに対する不法行為の日以後で訴状送達の日の翌日である平成五年五月一四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第五結論

よって、原告の本訴請求は、九九〇万円及びこれに対する平成五年五月一四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 喜多村勝德 裁判官 鬼頭容子)

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